色彩工学 (1) - CIE 1931色空間
コンピュターではR・G・Bの3次元の値で色が表されるのに対して、現実の色は波長から強度への関数(スペクトル)であり無限の次元を持つ。
RGBで表される色が現実の特定の色と「同じ」であるとはどういうことなのだろうか?
この記事では現実の色を3つの次元で扱うために生み出された様々な色空間について解説していく。この記事で扱う色空間の関係は下図のようになっている。
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目次
光のスペクトル
光の実体は波である。
ある瞬間に人の目やセンサーが捉える光は、波長から分光放射強度への関数\(I^e:(0, \infty)\rightarrow [0, \infty)\)で表すことができる。そのような関数のことを分光スペクトル、あるいはSPD (Spectral power distribution)と呼ぶ。
太陽光の分光スペクトルの一例 (ASTM G-173-03 AM1.5 Global)
放射強度とは、ある点から放射される単位時間・単位立体角あたりのエネルギーの総量のことである。単位はW/sr。
分光放射強度は、放射強度を波長の成分ごとに分解した単位波長あたりの値。単位はW/sr/nm。
光度
Abneyの法則
まずは、人間が感じる明るさに相当する値(=光度)を何らかの方法で分光スペクトルから計算する方法が考えられた。つまり、分光スペクトルから非負値への汎関数\(I:[0,\infty)^{(0,\infty)}\rightarrow [0,\infty)\)を定義することが目的となる。
1886年にイギリスの写真家William de Wiveleslie Abneyは、光度について以下の2つの法則を見出した。
\begin{align} &I(I^e_1) = I(I^e_2) \\ &\Rightarrow I(\alpha I^e_1) = I(\alpha I^e_2) \qquad \forall \alpha \in [0, \infty) \\ \\ &I(I^e_1) = I(I^e_2) \land I(I^e_3) = I(I^e_4) \\ &\Rightarrow I(I^e_1 + I^e_3) = I(I^e_1 + I^e_4) \end{align}
これをAbneyの法則という。言い換えると、同じ明るさの2つの異なる光は、別の光と混ぜ合わせても同じ明るさになるということである。
Abneyの法則から、\(I\)は分光スペクトルの空間上で定義された線形関数であることがわかる。
Abneyの法則は人間の認知において常に成り立つとは限らないものの概ね成り立つとされ、その後発展する分光学・色彩工学の中で最も基礎的な前提となっている。
視感度
光の明るさについて国際照明委員会(CIE)は、波長ごとに単一波長の光がどれほど明るく見えるかを調べる実験を行い、その結果を1924年に発表した。
実験では、光度が既知の固定の参照光\(I^e\)と、波長\(\lambda\)の単色試験光\(I^e_\lambda\)が用いられる。観測者は2つの光を交互に見て、同じ明るさに見えるように単色光の強度を調整する。つまり、\(I(I^e)=I(I^e_\lambda)\)となるように\(I^e_\lambda\)の強度を調整する。
その結果、参照光と同じ明るさになるために必要な強度\(|I^e_\lambda|\)が計測され、強度が1W/srの単色光\(I^e_\lambda/|I^e_\lambda|\)の光度\(K_\lambda\)を次のように求めることができるようになる。
\begin{align} K_\lambda = I\left(\frac{I^e_\lambda}{|I^e_\lambda|}\right) = \frac{I\left(I^e_\lambda\right)}{|I^e_\lambda|} = \frac{I\left(I^e\right)}{|I^e_\lambda|} \end{align}
\(K_\lambda\)のことを視感度(分光視感効率)という。
光度の単位はcd(カンデラ)とする。カンデラは単位立体角あたりの光の明るさの単位で、特定の方法で作られた蝋燭の明るさが1cdになるように定義されていた(現在はより客観的な別の定義に置き換えられている)。cdに立体角を掛けたcd・srはlm(ルーメン)という単位になる。
\(K_\lambda\)は単位強度あたりの光の光度の分光分布なので、その単位はcd/(W/sr)/nm = (lm/sr)/(W/sr)/nm = lm/W/nm。
複数の観測者により得られたデータを平均した結果、下図のような結果が得られた。(明所の場合)
明所視感度
波長\(\lambda\)で強度1W/srの単色光を\(\delta_\lambda\)とすると、視感度\(K_\lambda\)の定義から\(K_\lambda = I(\delta_\lambda)\)となり参照光とは無関係に値が定まることになる。
したがって、参照光\(I^e\)には任意性があったが、Abneyの法則が成り立つ限りは参照光がどのようなスペクトルであったとしても測定される視感度の結果は変わらないことになる。
なお、特定波長の1W/srの単色光の分光スペクトルを表す\(\delta_\lambda\)はDiracのデルタ関数である。
比視感度
\(K_\lambda\)は\(\lambda = 555 nm\)で最大値\(683 lm/W\)を取ることが実験からわかっている。この値を最大視感度\(K_m = 683\)と呼び、視感度と最大視感度との比を取った値を比視感度\(V(\lambda) = K_\lambda / K_m\)と呼ぶ。
任意の光\(I^e\)の光度は、比視感度を用いて次のように計算することができる。
\begin{align} I(I^e) &= I(\int_0^\infty \delta_\lambda(x)I^e(x) dx) \\ &= \int_0^\infty I(\delta_\lambda(x))I^e(x) dx \\ &= \int_0^\infty I(\delta_x(\lambda))I^e(x) dx \\ &= \int_0^\infty K_x I^e(x) dx \\ &= K_m \int_0^\infty V(x) I^e(x) dx \\ &= K_m \int_0^\infty V(\lambda) I^e(\lambda) d\lambda \\ \end{align}
人の目は暗所と明所で光の感じ方が異なることがわかっていて、比視感度にも明所比視感度\(V(\lambda)\)と暗所比視感度\(V'(\lambda)\)の2種類が測定されている。この記事では暗所比視感度やそれと関連する桿体細胞について詳しくは掘り下げない。
CIE 1931色空間
1802年にYoungが提唱し、1984年にHelmholtzが発展させた三原色説では、赤・緑・青の3種の光の混合によって人間が知覚できる全ての色を表現できることが実験により示された。つまり、人間が認識できる色の空間(色空間)は、3つのパラメーターで表すことができる空間であるということをである。
三原色説はその後1964年に、BrownとWaldが実際に人の網膜から錐体細胞を採取し吸光スペクトルを調べた結果からも裏付けられることとなる。
Graßmannの法則
2つの光\(A, B\)が同じ色に見えるという関係(等色)を\(A \equiv B\)と表し、光\(A\)と等色である光の集合を、
\begin{align} [A] := \{B \in [0, \infty)^{(0, \infty)} | B \equiv A\} \end{align}
と表す。言い換えると、\([A]\)は\(A\)の同値類である。
光の同値類の集合に適切な演算を導入したものが色空間となる。
1853年にドイツの数学者Hermann Graßmannは、複数の光を混ぜたとき(混色)の色の見え方について以下の法則を発表した。
\begin{align} [A] = [B] \Leftrightarrow [A + C] = [B + C] \qquad \forall C \\ \end{align}
これは、同じ色に見える2つの異なる光\(A, B\)を別の光\(C\)にそれぞれ混ぜても同じ色に見えるということを意味する。Abneyの法則では光度にのみ言及していたが、こちらは光度だけでなく色合いについても認知上等しくなるということを意味している。
ここで色空間に対して以下の演算を定義する。
\begin{align} \alpha[A] &:= [\alpha A] \\ [A] + [B] &:= [A+B] \end{align}
これにより、色空間は線形空間(の部分集合)と見ることができるようになる。
Young-Helmholtzの三原色説によると色空間の基底の数は3となるので、色空間は3次元ベクトル空間ということになる。つまり、3つの線形独立な光\(A, B, C\)を任意に決めたとき、任意の色\([I]\)に対して
\begin{align} [I]=a[A]+b[B]+c[C] \end{align}
となるような係数\((a,b,c)\)が存在するということが言える。このとき、線形独立な3つの光の色\([A], [B], [C]\)を原刺激と言い、係数\((a, b, c)\)を\([I]\)の三刺激値と言う。
Wright-Guildの等色実験
1920年代になってから、「任意のスペクトルの光は、赤・緑・青の単色光\((I_R, I_G, I_B) := (a_R\delta_{\lambda_R}, a_G\delta_{\lambda_G}, a_B\delta_{\lambda_B})\)を具体的にどのような比率で混ぜ合わせることで等色となるのか」ということが調べられるようになった。そこで、1W/srで波長\(\lambda\)の試験単色光\(\delta_\lambda\)に対して、
\begin{align} [\delta_\lambda] = \bar{r}(\lambda)[I_R]+\bar{g}(\lambda)[I_G]+\bar{b}(\lambda)[I_B] \end{align}
となるような係数\(\bar{r}(\lambda), \bar{g}(\lambda), \bar{b}(\lambda)\)を波長\(\lambda\)ごとに計測するための実験を行った。これら3つの関数のことを等色関数と言う。
任意の光は単色光を足し合わせた(積分した)ものと考えることができるので、単色光に関する等色条件がわかれば任意の光に応用できることになる。つまり、\(I\)を任意の光としたとき、
\begin{align} [I] &= [\int I(x)\delta_\lambda(x) dx] \\ &= \int I(x)[\delta_\lambda(x)] dx \\ &= \int I(x)[\delta_x] dx \\ &= \int I(x)\left(\bar{r}(x)[I_R]+\bar{g}(x)[I_G]+\bar{b}(x)[I_B]\right) dx \\ &= \left(\int I(x)\bar{r}(x)dx\right)[I_R] + \left(\int I(x)\bar{g}(x)dx\right)[I_G] + \left(\int I(x)\bar{b}(x)dx\right)[I_B] \\ \end{align}
となって、\([I]\)の三刺激値\((R,G,B):=(\int I\bar{r}, \int I\bar{g}, \int I\bar{b})\)が得られることになる。
原刺激\(I_R,I_G,I_B\)は、それぞれ以下の波長の単色光とする。
\(I_G, I_B\)の波長\(\lambda_G, \lambda_B\)は水銀の輝線スペクトルから選ばれ、\(I_R\)の波長\(\lambda_R\)はきりの良い値が選ばれた。
\begin{align} \begin{cases} \lambda_R = 700 nm \\ \lambda_G = 546.1 nm \\ \lambda_B = 435.8 nm \\ \end{cases} \end{align}
水銀の輝線スペクトル
白色光との等色関係
原刺激の放射強度\(a_R, a_G, a_B\)は、\(1:1:1\)で混色したときに白色になるよう選択される。つまり、可視光領域において等強度スペクトルのある白色光\(W_E\)(基礎刺激)が存在して、\([W_E] = [I_R] + [I_G] + [I_B]\)を満たすように定められる。
単色光に対する等色実験とは別の実験から、3つの原刺激は光度比が\(1:4.5907:0.0601\)になれば上記の条件を満たすということがわかっている。
\((l_R,l_G,l_B):=(1,4.5907,0.0601)\)、\(l:=l_R+l_G+l_B\)として、等色関数や原刺激単色光の放射強度比\(a_R:a_G:a_B\)について調べよう。
\([W_E]\)の三刺激値は全て\(1\)なので
\begin{align} 1 = \int W_E\bar{r} = \int W_E\bar{g} = \int W_E\bar{b} \end{align}
となるが、\(W_E\)は定数関数なので
\begin{align} 1/W_E = \int \bar{r} = \int \bar{g} = \int \bar{b} \end{align}
となって、「等色関数は積分すると同じ値になる」という性質が得られる。
一方、等色であるということには光度が等しいということも含まれるので、\(W_E\)が定められたとき更に以下の関係が成り立つ。(\(a_G, a_B\)についても同様)
\begin{align} K_m W_E \int V &= I(W_E) \\ &= I(I_R + I_G + I_B) \\ &= K_m \int V(\lambda)\left( a_R \delta_{\lambda_R}(\lambda) + a_G \delta_{\lambda_G}(\lambda) + a_B \delta_{\lambda_B}(\lambda) \right) d\lambda \\ &= K_m \left( a_R V(\lambda_R) + a_G V(\lambda_G) + a_B V(\lambda_B) \right) \\ &= K_m a_R V(\lambda_R) \frac{l_R + l_G + l_B}{l_R} \\ &= K_m a_R V(\lambda_R) \frac{l}{l_R} \\ \end{align}
よって、\(a_R, a_G, a_B\)は以下のようになる。
\begin{align} \begin{cases} a_R = \frac{l_R W_E \int V}{l V(\lambda_R)} \\ a_G = \frac{l_G W_E \int V}{l V(\lambda_G)} \\ a_B = \frac{l_B W_E \int V}{l V(\lambda_B)} \\ \end{cases} \end{align}
このことから、放射強度比は\(a_R:a_G:a_B = 72.0966:1.3791:1\)となることがわかる。
三刺激値\((R, G, B)\)となる光の光度は以下のようになる。
\begin{align} I(R I_R + G I_G + B I_B) &= K_m \left( a_R V(\lambda_R) R + a_G V(\lambda_G) G + a_B V(\lambda_B) B \right) \\ &= K_m a_R V(\lambda_R) \left( l_R R + l_G G + l_B B \right) \\ &= K_m a_R V(\lambda_R) \begin{pmatrix} l_R \\ l_G \\ l_B \end{pmatrix} \cdot \begin{pmatrix} R \\ G \\ B \end{pmatrix} \end{align}
ここで、
\begin{align} 1 &= a_R V(\lambda_R) \\ &= W_E \frac{l_R \int V}{l} \\ &= W_E \frac{\int V}{l} \\ \end{align}
となるように\(W_E\)の具体的な強度を定めることとした。
その結果、三刺激値\((R, G, B)\)の光度は次のように計算することができるようになる。
\begin{align} K_m \begin{pmatrix} l_R \\ l_G \\ l_B \\ \end{pmatrix} \cdot \begin{pmatrix} R \\ G \\ B \\ \end{pmatrix} \end{align}
Wright-Guildの等色実験
具体的な等色実験は1928-1929年にWilliam David Wrightが、1931年にJohn Guildがそれぞれ独立で行った。
実験では試験単色光\(I_\lambda\)の放射強度は一定に定めず、その代わりに単色試験光に対して等色となるような\(I_R, I_G, I_B\)の三刺激値の比率\(r_\lambda:g_\lambda:b_\lambda\)を測定した。
ここでは三刺激値の比率を測定するだけなので、\(I_R, I_G, I_B\)は上記の\(a_R:a_G:a_B = 72.0966:1.3791:1\)を満たしてさえいれば良く、強度の大小は最終的な結果に影響を与えない。
等色実験
実験において、原刺激を混ぜ合わせるだけではどうしても試験単色光を再現できない場合があることが判明した。
そこで、そのような場合は原刺激を試験単色光側からも照射することで等色となるようにし、その強度の比率を負の比率として取り扱うこととした。つまり、例えば\(I_\lambda\)と\(c_R I_R\)の混色が、\(c_G I_G\)と\(c_B I_B\)の混色と等色になるという実験結果が得られたとき、
\begin{align} [I_\lambda] + c_R[I_R] = c_G[I_G] + c_B[I_B] \end{align}
となるが、\(c_R[I_R]\)の項を右辺に移すことで、
\begin{align} [I_\lambda] = -c_R[I_R] + c_G[I_G] + c_B[I_B] \end{align}
と見なすことができる。(実際には色空間において減算については一切定義していないにもかかわらず)
このとき、\((-c_R, c_G, c_B)\)を\([I_\lambda]\)の三刺激値と見なし、比率を
\begin{align} r_\lambda:g_\lambda:b_\lambda = \frac{-c_R}{-c_R+c_G+c_B}:\frac{c_G}{-c_R+c_G+c_B}:\frac{c_B}{-c_R+c_G+c_B} \end{align}
として観測結果とする。
等色実験 負の混色
試験単色光\(I_\lambda\)に対して、等色となるような\(I_R, I_G, I_B\)の比率として\(r_\lambda:g_\lambda:b_\lambda\)という値を観測することできたとする。試験単色光\(I_\lambda\)は、1W/srの波長\(\lambda\)の単色光\(\delta_\lambda\)を定数倍したものなので、
\begin{align} [\delta_\lambda] &\propto [I_\lambda] \\ &\propto r_\lambda[I_R] + g_\lambda[I_G] + b_\lambda[I_B] \end{align}
となる。言い換えると、
\begin{align} C_\lambda[\delta_\lambda] = r_\lambda[I_R] + g_\lambda[I_G] + b_\lambda[I_B] \end{align}
となる定数\(C_\lambda\in (0, \infty)\)が存在する。
それぞれの光度を比較すると以下の関係が成り立つ。
\begin{align} C_\lambda K_m V(\lambda) &= I(C_\lambda \delta_\lambda) \\ &= I(r_\lambda I_R + g_\lambda I_G + b_\lambda I_B) \\ &= K_m \left( r_\lambda l_R + g_\lambda l_G + b_\lambda l_B \right) \\ \end{align}
よって\(C_\lambda\)が以下のように定まり、等色関数\(\bar{r}, \bar{g}, \bar{b}\)を求めることができる。
\begin{align} C_\lambda &= \frac{ r_\lambda l_R + g_\lambda l_G + b_\lambda l_B }{V(\lambda)} \end{align}
\begin{align} \begin{cases} \bar{r}(\lambda) = \frac{r_\lambda}{C_\lambda} = \frac{r_\lambda V(\lambda)}{ r_\lambda l_R + g_\lambda l_G + b_\lambda l_B } \\ \bar{g}(\lambda) = \frac{g_\lambda}{C_\lambda} = \frac{g_\lambda V(\lambda)}{ r_\lambda l_R + g_\lambda l_G + b_\lambda l_B } \\ \bar{b}(\lambda) = \frac{b_\lambda}{C_\lambda} = \frac{b_\lambda V(\lambda)}{ r_\lambda l_R + g_\lambda l_G + b_\lambda l_B } \\ \end{cases} \end{align}
WrightとGuildがそれぞれ行った実験の結果はそれらの平均を取ることで統合されて、1931年にCIEで標準的な等色関数と定められた。
CIE 1931 RGB色空間の等色関数
等色関数を求めるために必要な3つの実験
CIE 1931 RGB色空間
CIEの1931年の規格では上記のように等色関数を求め、三刺激値\((R,G,B)\in R^3\)によって表現される空間をCIE 1931 RGB色空間と定めた。
前節で示したように、任意のスペクトルで表される光\(I\)は三刺激値\((R,G,B):=(\int I\bar{r}, \int I\bar{g}, \int I\bar{b})\)で表すことができる。
また三刺激値\((R,G,B)\)となる光の光度は、\(K_m(l_R, l_B, l_G)\cdot(R, G, B)\)となる。
三次元の色空間は扱いが難しいので、便宜上ひとまず光度の大小を除いて\(R+G+B=1\)平面上に射影された色を2次元で扱うこととした。つまり、三刺激値\(R, G, B\)が与えられたとき、次のように正規化された三刺激値\(r, g, b\)を求める。
\begin{align} \begin{cases} r = \frac{R}{R+G+B} \\ g = \frac{G}{R+G+B} \\ b = \frac{B}{R+G+B} = 1 - r - g\\ \end{cases} \end{align}
\(b\)は上記のように\(r, g\)から算出可能なので、\(r, g\)の2つの値(色度座標)で色を表せられることになる。
以下の図は\(rg\)平面の各座標に対応する色を図で表したもので、これをrg色度図と言う。
CIE 1931 rg色度図
(web標準の色空間であるsRGBで表現できない色については負の色成分を0に置き換えて表現。この先全ての色度図において同様。)
rg色度図の曲線部分は各波長\(\lambda\)に対応するrg色度図の点を繋げた軌跡であり、これを単色光軌跡と呼ぶ。単色光\(\delta_\lambda\)の三刺激値は\(\bar{r}(\lambda), \bar{g}(\lambda), \bar{b}(\lambda)\)なので、\(rg\)平面上での座標は
\begin{align} \begin{cases} r = \frac{\bar{r}(\lambda)}{\bar{r}(\lambda)+\bar{g}(\lambda)+\bar{b}(\lambda)} \\ g = \frac{\bar{g}(\lambda)}{\bar{r}(\lambda)+\bar{g}(\lambda)+\bar{b}(\lambda)} \\ \end{cases} \end{align}
となり、書く波長に対する色度座標を結ぶことでrg色度図上に単色光軌跡を描くことができる。
全ての色は単色光の足し合わせによって表現されるので、人が認識できる全ての色は単色光軌跡の内側にしか存在しない。単色光軌跡の外側の仮想の色を虚色と呼ぶ。
原刺激の定義から、等放射強度の白色光\(W_E\)は色度座標\((1/3,1/3)\)に対応する。
CIE 1931 XYZ色空間
1931年当時は卓上計算機すらなく、負の値があったり桁数が多かったりする等色関数\(\bar{r}, \bar{g}, \bar{b}\)は扱いづらいという欠点があった。そこでCIEはRGB色空間を定義するときに、RGB色空間を座標変換して作ったCIE 1931 XYZ色空間を同時に定義することで、負の値が出現する問題を解消しつつ計算量を削減することを試みた。
XYZ色空間は次の条件を満たすよう定められた。
- 等色関数\(\bar{r}, \bar{g}, \bar{b}\)を座標変換により移したXYZ色空間上の等色関数\(\bar{x}, \bar{y}, \bar{z}\)は、非負の値しか取らない。
- 基礎刺激は等放射強度分布の白色光。つまり、\([W] = [X]+[Y]+[Z]\)
- \([X], [Z]\)の光度は0で、\([Y]\)の光度は\(K_m\)。
- \(Z\)は\(R\)に依存せず、等色関数が非負になるという条件の下で最大限\(B\)に依存する。
RGBからXYZへの変換行列を\(A\)とする。
\begin{align} \begin{pmatrix} X \\ Y \\ Z \end{pmatrix} &= A \begin{pmatrix} R \\ G \\ B \\ \end{pmatrix} \\ &=: \begin{pmatrix} x_R & x_G & x_B \\ y_R & y_G & y_B \\ z_R & z_G & z_B \\ \end{pmatrix} \begin{pmatrix} R \\ G \\ B \\ \end{pmatrix} \\ \end{align}
2より、\(R=G=B \Leftrightarrow X=Y=Z\)なので、
\begin{align} x_R + x_G + x_B = y_R + y_G + y_B = z_R + z_G + z_B \\ \end{align}
3より、
\begin{align} 0 &= \begin{pmatrix} l_R & l_G & l_B \\ \end{pmatrix} A^{-1} \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ 0 \\ \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} l_R & l_G & l_B \\ \end{pmatrix} A^{-1} \begin{pmatrix} 0 \\ 0 \\ 1 \\ \end{pmatrix} \\ 1 &= \begin{pmatrix} l_R & l_G & l_B \\ \end{pmatrix} A^{-1} \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \\ 0 \\ \end{pmatrix} \end{align}
よって、
\begin{align} Y &= \begin{pmatrix} l_R & l_G & l_B \\ \end{pmatrix} A^{-1} \begin{pmatrix} X \\ Y \\ Z \\ \end{pmatrix} \\ &= \begin{pmatrix} l_R & l_G & l_B \\ \end{pmatrix} \begin{pmatrix} R \\ G \\ B \\ \end{pmatrix} \end{align}
となるので、\((y_R, y_G, y_B) = (l_R, l_G, l_B)\)となる。これは、\(Y\)が色の光度そのもの(を\(K_m\)で割った値)となることを意味している。
4より\(z_R=0\)。
ここまでの結果から変換行列は次のようになる。
\begin{align} \begin{pmatrix} x_R & x_G & x_B \\ y_R & y_G & y_B \\ z_R & z_G & z_B \\ \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} x_R & x_G & 5.6508 - x_R - x_G \\ 1 & 4.5907 & 0.0601 \\ 0 & z_G & 5.6508 - z_G \\ \end{pmatrix} \end{align}
CIEがこの先の具体的な係数の決定をどのように行ったのか、その詳細な由来を見つけることはできなかった。
太田登(1993)やFairman(1996)では\([X], [Y]\)を結ぶ直線が長波長端で単色光軌跡に接するという条件と、単色光軌跡の曲率が極小となる\(\lambda = 504 nm\)付近で\([Z], [Y]\)を結ぶ直線と最接近するという条件で残りの係数を決めたとしている。
最終的に変換行列は以下のように定義されることとなった。
\begin{align} \begin{pmatrix} X \\ Y \\ Z \\ \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 2.7689 & 1.7517 & 1.1302 \\ 1.0000 & 4.5907 & 0.0601 \\ 0.0000 & 0.0565 & 5.5943 \\ \end{pmatrix} \begin{pmatrix} R \\ G \\ B \\ \end{pmatrix} \end{align}
等色関数が非負になるという制約上、XYZ色空間の原刺激\([X], [Y], [Z]\)は全て虚色となる。それらのRGB色空間の座標はそれぞれ次のようになる。
\begin{align} \begin{cases} [X] = (0.41844, -0.09117, 0.00092) \\ [Y] = (-0.15866, 0.25242, -0.00255) \\ [Z] = (-0.08283, 0.01570, 0.17858) \\ \end{cases} \end{align}
この変換行列から、XYZ色空間の等色関数\(\bar{x}(\lambda), \bar{y}(\lambda), \bar{z}(\lambda)\)やxy色度図を求めることができる。
CIE 1931 XYZ色空間の等色関数
CIE 1931 xy色度図
\(x, y, Y\)の3つの値で表される色の空間をxyY色空間と呼ぶ。xyYとXYZは次のように相互に変換可能である。
\begin{align} \begin{cases} X &= (X+Y+Z)x = \frac{Y}{y}x \\ Z &= (X+Y+Z)z = \frac{Y}{y}(1-x-y) \end{cases} \end{align}
色温度
ある温度の理想的な黒体が放出する光(熱放射)を黒体放射という。Planckの法則により、絶対温度\(T\)のときの黒体放射の分光放射強度は次の式で表される。
\begin{align} I_T(\lambda) = \frac{2\pi hc^2}{\lambda^5}\frac{1}{e^{hc/k\lambda T} - 1} \end{align}
ここで、\(h\)はPlanck定数、\(k\)はBoltzmann定数、\(c\)は光速度。
黒体放射
(グラフは上から6500K, 6000K, 5500K, 5000K, 4500K, 4000K, 3500K, 3000K。
グラフの色はそれぞれの黒体放射と同じ色度で光度0.5の色を表す。)
黒体放射も光のスペクトルであるので、三刺激値を求めることができる。色度図上で各波長の黒体放射の色度を繋げた軌跡をPlanckian軌跡と呼ぶ。
ある光\(I\)に対して\([I]=[I_T]\)となるような温度\(T\)が存在するとき、\(T\)を\(I\)の色温度と言う。また、\([I]=[I_T]\)となるような温度\(T\)が存在しないとき、後述のCIE 1960 uv色度図においてPlanckian軌跡上のある温度Tの点の垂線上に\(I\)の色度があるならば\(T\)を相関色温度(correlated color temperature, CCT)と言う。
Planckian軌跡
CCTの計算には様々な近似方法が提案されている。例えば1992年にMcCamyはxy色度から次のような式を提案した。
\begin{align} n &= \frac{x - 0.3320}{y - 0.1858} \\ T &= -449n^3 + 3525n^2 - 6823.3n + 5520.33 \end{align}
なお定義上、色温度や相関色温度は色度図の全ての色に対して求められるわけではない。また、垂線の関係あるいは上記の近似式で相関色温度を形式的に求められる場合であっても、Planckian軌跡からあまりにも離れた色に対して相関色温度を当てはめることは不適切とされる。
標準光
CIE 1931では測色に用いるための標準となる照明光が幾つか定義された。
- 標準イルミナントA: 相関色温度2855.54Kの黒体放射 (白熱電球に相当)
- 標準イルミナントB: Aに溶液フィルター(Davis-Gibsonフィルター)をかけた4874Kの光 (正午の直接太陽放射に相当)
- 標準イルミナントC: Aに溶液フィルター(Davis-Gibsonフィルター)をかけた6774Kの光 (平均昼光に相当)
標準イルミナントAは元々2848Kの黒体放射と定められていたが、1968年にBoltzmann定数の定義が改定されたことに伴い現在の値となった。
標準イルミナントB・Cは現在では規格としては廃止されている。
標準イルミナントA, B, C
しかし、これらの標準イルミナントだけでは実際の自然光を十分表現できないことがわかり、1967年に昼光を表すための標準イルミナントD系列が制定された。
D系列を制定するにあたり、CIEは様々な条件下の昼光のスペクトルデータを集め、主成分分析によって3つの固有スペクトル\(S_0(\lambda), S_1(\lambda), S_2(\lambda)\)を求めた。そして次のように固有スペクトルを足し合わせることで昼光の分光放射強度\(S_D\)を温度パラメーター\(T\)を用いて擬似的に表現した。
\begin{align} S_D(\lambda) &= S_0(\lambda) + M_1 S_1(\lambda) + M_2 S_2(\lambda)\\ \end{align}
\begin{align} M_1 &= \frac{-1.3515-1.7703x_D+5.9114y_D}{0.0241+0.2562x_D-0.7341y_D} \\ M_2 &= \frac{0.0300-31.4424x_D+30.0717y_D}{0.0241+0.2562x_D-0.7341y_D} \\ y_D &= -3.000x_D^2 + 2.870x_D - 0.275 \\ x_D &= \begin{cases} -4.6070 \frac{10^9}{T^3} + 2.9678 \frac{10^6}{T^2} + 0.09911 \frac{10^3}{T} + 0.244063 \qquad (4000 \leq T \leq 7000) \\ -2.0064 \frac{10^9}{T^3} + 1.9018 \frac{10^6}{T^2} + 0.24748 \frac{10^3}{T} + 0.237040 \qquad (7000 < T \leq 25000) \end{cases} \end{align}
例えば\(D_{65}\)は\(T=6500\)の場合のスペクトルを意味する。
本来\(T\)は相関色温度を表すパラメーターだったが、1968年に行われたBoltzmann定数の定義改定に伴い、実際の相関色温度とは若干のずれが生じている。現在の定義では\(D_{65}\)の相関色温度は6504Kである。
D系列
昼光の固有スペクトル\(S_0(\lambda), S_1(\lambda), S_2(\lambda)\)
標準イルミナントEは等放射強度スペクトルの(理論上の)光として定義されている。
標準イルミナントの色座標
各標準イルミナントの(Yによって正規化された)XYZ座標は次のようになる。
(色の見本は各標準イルミナントの色度に対してコンピューター上で表現できる最大光度となるよう調整した色を表現している。セル内の値はそのときの光度を表す。)
名称 | X | Y | Z | 相関色温度 | 色の見本 |
---|---|---|---|---|---|
A | 1.09850 | 1.00000 | 0.35585 | 2856 K | Y=0.5420 |
B | 0.99072 | 1.00000 | 0.85223 | 4874 K | Y=0.8010 |
C | 0.98074 | 1.00000 | 1.18232 | 6774 K | Y=0.9087 |
D50 | 0.96422 | 1.00000 | 0.82521 | 5003 K | Y=0.8504 |
D55 | 0.95682 | 1.00000 | 0.92149 | 5503 K | Y=0.9058 |
D65 | 0.95047 | 1.00000 | 1.08883 | 6504 K | Y=1.0000 |
D75 | 0.94972 | 1.00000 | 1.22638 | 7504 K | Y=0.8731 |
E | 1.00000 | 1.00000 | 1.00000 | 5454 K | Y=0.8300 |
参考
- 大田登 - 色彩工学
- Fundamentals of Multimedia Second Edition
- How the CIE 1931 Color-Matching Functions Were Derived from Wright–Guild Data
- The Wright – Guild Experiments and the Development of the CIE 1931 RGB and XYZ Color Spaces
- X,Y,ZのA,B,C 矢口博久
- 光の三原色:RGBを 基準にした実用的なカラー変換式
- 色光の定量的表現と各表色系による表現
- 色空間の変換
- RGB等色関数で現れる負の値の正体 | tech - 氾濫原
- Loi d'Abney — Wikipédia